大東亜戦争終結より70年

右寄せの画像  平成27年、 大東亜戦争だいとうあせんそう 終結より70年の節目を迎えました。
 我が国は、敗戦という逆境から見事に復興を成し遂げました。著しい経済成長によって物質的な豊かさを手に入れましたが、一方、急速な社会の変容の中で、伝統的に培ってきた多くの精神文化を失いつつあることも確かです。
 当時、将兵として戦った方々の年齢は90代を迎えられています。我が国がなぜアメリカ、イギリスを中心とする連合国軍と戦うに至ったのか、それはどのような戦いであったのか、後世に語り伝える人が少なくなってきています。
 英霊えいれい (主に戦争等の国難に際して、国のために尽くし、尊い命を捧げられた方々の 御霊み た ま )はいかなる覚悟で戦いに臨まれ、 我が国の将来をどのように案じながら、そして最愛の家族をいかに想いながら亡くなられたのか―
 この節目の年が、先人への 敬慕け い ぼ英霊えいれい に対する 慰霊い れ い顕彰けんしょう の心をもって、我が国の歴史を振り返り、素晴らしい 国柄くにがら を未来へ守り伝えてゆく 契機け い き になることを願います。

(右の写真は大東亜戦争終結70年の節目に御屋根の葺替を終えた宮城縣護國神社本殿。)

靖國神社・護國神社・忠魂碑等にお参りしましょう

左寄せの画像  靖國神社や各道府県の護國神社は戦没者 慰霊顕彰いれいけんしょう の中心的施設で、全国 津々浦々つつうらうら には 招魂社しょうこんしゃ忠魂碑ちゅうこんひ慰霊碑い れ い ひ昭忠碑しょうちゅうひ などもあります。今日、私たちの平和な生活があるのは、 英霊えいれい のおかげです。 英霊えいれい に守っていただいた国に、まさに今、私たちは生きているのです。そのご 遺徳い と くたた え、感謝の心をもって 参詣さんけい し、心静かに手を合わせましょう。

(左の写真は白石市神明社境内に鎮座する招魂社。
明治緒戦没以後、昭和20年までの刈田地方の戦没者ご英霊を奉祀している)

託された未来

右寄せの画像  今を生きる私たちへ、 英霊えいれい が託した想い。その想いに触れ合える場所があります。
 それは靖國神社の 遊就館ゆうしゅうかん や、県内でしたら宮城縣護國神社の 英霊顕彰館えいれいけんしょうかん 等で、ご英霊の遺書等々様々な資料が納められております。また、地域の 忠魂碑ちゅうこんひ慰霊碑いれいひ昭忠碑しょうちゅうひ に刻まれた文字を読み解くのもよいでしょう。そこには 英霊えいれい が未来を生きる私たちに託した思いを、考え理解するに余りある、多くのものがあると思います。

最後に

左寄せの画像
昭和8年の歌会始にて、昭和天皇がひたすらに平和を祈って詠まれたこの 御製ぎょせい は、今では全国各地の神社で巫女が舞う『 浦安うらやすまい 』の歌にもなっており、宮城縣護國神社においても事ごとに舞われております。
  大東亜戦争だいとうあせんそう 終結70年の節目を迎え、なお世界情勢が決して平穏ではない現在、世界がこの 御製ぎょせい の如く「波たたぬ世」となることを、皆で祈りましょう。

右寄せの画像 ~リンク~
●靖國神社
http://www.yasukuni.or.jp/

●宮城縣護國神社
http://www.gokokujinja.org/

●各地 招魂社しょうこんしゃ忠魂碑ちゅうこんひ慰霊碑い れ い ひ昭忠碑しょうちゅうひ
 各地の 神社境内じんじゃけいだい寺院境内じいん けいだい 、公園または学校の校庭にお まつ りされている場合もございます。また、 大東亜戦争だいとうあせんそう に限らず、 明治維新めいじ いしん日清戦争にっしんせんそう日露戦争にちろ せんそう 等の国難に際して命を捧げられた 英霊えいれいまつ られている場合もあります。このような節目の年でありますのであわせて感謝の誠を捧げましょう。 慰霊祭いれい さい を例年 斎行さいこう する神社もございますので、詳しくは地元の神職にお尋ねください。
→神社検索

※見出し画像・・・大崎市古川 古川神社境内の「昭忠碑」。 旧志田郡の日清戦争・日露戦争・大東亜戦争の国難に命を捧げたご英霊に対し、毎年慰霊祭が斎行される。
明治43年建立、遺族会により昭和31年再建。

最新のFlash Playerをインストールしてください。