- 由緒
本神社は永正3年(1506年)の創祀と伝えられ、もと増田村に神代7代の神を奉斎したさい、この地に第六の天神を奉祀したのでこの社号となったといわれる。また、昔町内に疫病が流行し古来から鎮疫の神と称奉る素盞嗚命を殿内に勧請奉祀し明治に及んだ。明治5年6月村社に列せられ、第六天神社と改称、明治40年3月神饌幣帛料の供進社に指定された。明治41年11月に村区後島の大宮神社(大同年間勧請、祭神大巳貴命)を合祀した。境内社の八幡神社は古くから蛇塚妙見八幡宮と称し国常立尊(天御中主神)を祀る。本殿は流造りで拝殿は入母屋造りである。例祭日は元来は4月15日であったが時代の推移に伴い4月第3日曜となった。◎神代7代の神々とは(増田の七天神)①第一天神=蛇塚妙見八幡②第二天神=大塚明神③第三天神=神明塚明神④第四天神=狐塚明神⑤第五天神=天神塚明神⑥第六天神社=馬塚明神⑦第七天神=守宮塚明神。注目されることは、七天神が総て「塚」といわれることである。
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