- 由緒
元和7年(1621、江戸)仙台藩祖伊達政宗公が伊勢両宮の分霊を府内荒巻村の勝地に勧請した。別当寺を祓山神宮寺(妙海法印開山、今の北山町伊勢堂山)という。天和2年4代綱村公伊勢堂山の規模を拡張、社殿を改築して社領二貫文の地(加美郡色麻村)を寄進した。累代藩主継嗣の時必ず参詣するを例とした。維新の際神宮寺を廃し、明治2年村社に列せられ荒巻神明社と改称、同5年仙台大町の商人佐藤助五郎等の協力により元柳町に遷す。同8年5月県社に列格、社号を現在名に改めた。後、社殿が甚しく腐朽したので大正15年氏子総代八木久兵衛等の主唱で社地を更え社殿を造営して10月遷座式を行う。(封内風土記、社蔵文書)。これより先、明治41年中の町の住吉神社を合祀し、同45年には榴ケ岡の村社神明社及び洲崎神社、大正2年には花壇の住吉の各社を合せ祀る。
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