- 由緒
当稲荷明神は馬寄稲荷明神社と称し倉稲魂を祀る馬寄地区の鎮守様です。この地に社を祀ることになった年代は定かではありませんが、安永4年7月(西暦1775年)仙台藩に提出された風土記御用書出書には次のように記されています。1.社地堅十間横八間。1.社東向1間半四方作。1.地主北屋敷禰惣右衛門。先人たちが五穀豊穣と生活の安泰を願いながら農地を拓いて来た歴史的背景を思うとき稲荷信仰によせる祠あるいは社の創建は村の起こりと年代を同じくするものと考えられます。社の老朽は時代を経るにしたがって当然の摂理であり長年氏子が力を合わせて奉祀してきました現在の社殿は昭和7年旧12月(西暦1933年)に改築されたもので建築面積は9平方メートルであります。当社は五穀豊穣、家内安全、商売繁盛など願事について氏子は勿論のこと遠来からの参拝者も多く信仰を集めています。また境内地には安永4年以前に字見渡囲に祠られていたとされる見渡權現板の祠と安政5年(西暦1858年)に建立された見渡權現板碑が遷され祀られています。
- 地図