- 由緒
東風吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな 六十二代村上天皇の御宇天暦2年(948)平安3月川内村の一老翁霊夢に感じて勧請すと伝えられる。又、天満宮は往古山城の国竹内沼崎山に御鎮座あり-を圓融帝の天暦2年(974)平安年平春奥州宇多郡八幡崎に勧請其の後柴田郡川内邑(今北野原と呼ぶ)に遷座したも伝いられてゐる。仙台榴ヶ岡の天神社は本社の分霊を荘司基治が瑞夢に感じて国分荘小田原村田手島(今宮町東照宮附近)に移したのに創る。明治5年4月村社に列格。大正7年4月供進神社に指定された。昭和48年5月1日煙草専売公社の協賛に依り耕作者の心ろの寄り処ろとして川崎業たばこ研究会が岩手県千厩タバコ専売公社の業たばこ神社より分霊合祀す。
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