- 由緒
景行天皇の御代、日本武尊が東夷を征する時、倭姫命から明玉を授けられ、征夷に臨みその威光によって戦功を挙げた。治平の後、山上にこの明玉を安置したところたちまち二つの霊石と化した。里人は尊のご威徳を尊崇するとともにこれを「石母里の神」と崇めて祀った。なお、この御神石は年を追って巨大になり周囲が一丈余になって村人は石大神と崇めた。その後、寛永16年(1639)伊達家の臣笠原出雲盛康が封をこの地にうけて、延宝8年(1680)に社殿を建立し、境内を整備して一族の守護神と仰ぎ祭礼には必ず参拝した。(寛永16年作成の社伝)
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