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宮城県神社庁のあゆみ

概要

神社庁は伊勢の神宮を本宗ほんそうと仰ぐ全国約8万社の神社を包括する神社本庁の地方機関 であり、各都道府県に置かれています。神社庁 は神社に関するPRの窓口としての役割を果たしております。神社に関すること、お祭りに関すること、疑問などお気軽にお問い合わせ下さい。

宮城県神社庁は管内に19の支部を置き、包括下にある神社は現在928社となっております。神社は四季折々の様々な祭りを通じて、皆様の幸福と社会の発展を祈ることはもとより、地域に根ざした独自の文化活動や青少年の健全育成(ボーイスカウト・青年会組織等)を行い、緑豊かで住みやすい郷土づくりに貢献してきました。

宮城県神社庁はこうした神社の健全な運営と発展のため、神社本庁の指揮のもと、神社神道じんじゃしんとう宣布せんぷ・神職の任免にんめんや養成・県内の包括下神社に関する事務をはじめ、神社の祭りや伝統文化の振興を図るため、諸々の事業を行っております。また仙台市北山霊園内の神道墓地の管理を行うと共に、春秋には「みたま祭」を斎行さいこうしております。

沿革

●明治6年7月
仙台市国分町に中教院ちゅうきょういんを創立。

●明治7年
元寺小路もとでらこうじに移転。後に神道本局宮城県分局と改称。

●明治15年
東京に皇典講究所こうてんこうきゅうじょが設立されたのを受け、皇典講究所宮城県分所をここに置く。

●明治28~昭和16年
明治28~33年まで宮城国学舘と称し神職子弟を教育し、その後神官会議所、神職取締所、神職管理所等の名称を経て、大正7年宮城県神職会となり、昭和16年大日本神祇会だいにほんじんぎかい宮城県支部と改め、県内神職の拠り所としてきた。

●終戦後~現在
​終戦後、進駐してきた連合国軍総司令部は矢継早に日本改造に着手し、その一環として昭和20年12月15日に「神道指令」を発し、神社の国家からの分離を命じた。
昭和21年2月3日、当時民間の神社関係団体であった皇典講究所・大日本神祇会だいにほんじんぎかい・神宮奉斎会の3団体が相寄り、新たに「宗教法人神社本庁」が設立された。
全国の神社の総意によって設立された神社本庁の設立に呼応して、昭和21年2月13日宮城県神社庁を設立し鹽竃神社社務所に事務所を置いた。その後昭和34年7月20日中教院の跡地でもある、由緒ある現在地に庁舎を建設し、平成12年に改修を行い現在に至る。